西洋文明の上から目線が行く
東洋を駆け抜けるオリエント急行
(アガサ・クリスティによる1934年の小説。
誰もが知っている作品とは思いますが、万一内容を知らない人のためにストーリーの核心的なネタバレは伏せてます)
ケネス・ブラナーが監督し、
ケネス・ブラナーがポアロを演じた、
実に4度目の映像化、「オリエント急行殺人事件」です。
目次
▶︎この小説の5つの魅力
▶︎過去映像化作品
▶︎デビッド・スーシェ版ポアロの見どころ
▶︎いかにもケネス・ブラナーらしいポアロ
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▶︎この小説の5つの魅力
アガサ・クリスティのこの小説の魅力はまず、
1、ミステリーとしておもしろい
豪華寝台列車内で起きた密室殺人事件、
全員怪しげな12人の乗客。
シチュエーションミステリーの元祖です。
2、オールスターキャストの魅力
12人全員が重要人物であるため、映像化となれば有名俳優の競演となる華やかさが定番です。
3、テーマが深い
人が人を裁くことができるのか?という根源的な問いがこの作品の深味です。
4、脚色に向いている
ドラマティックな脚色を加えられる余地が、この原作にはあります。
原作と映画の違いを比較する楽しさも、この小説が映像化され続ける理由のひとつ。
5、なんといってもポアロ
この強烈な主人公ポアロ役が誰かによって、作品の雰囲気がガラリと変わってくるのは、やはり一番の目玉でしょう。
ケネス・ブラナー、遂に自分でポアロを演るか!
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▶︎過去映像化作品
「オリエント急行殺人事件」
1974年 アメリカ 映画版
監督:シドニー・ルメット
ポアロ役:アルバート・フィニー
「オリエント急行殺人事件」
2001年 アメリカ TVドラマ版
ポアロ役:アルフレッド・モリーナ
「オリエント急行の殺人」
2010年イギリス TVドラマ版
ポアロ役:デビッド・スーシェ
まずこの邦題の微妙な違い、やめてほしいですね。要は、
「Murder on the Orient Express」です。
なんといっても有名なのが、1974年版。
ショーン・コネリー、
イングリッド・バーグマン、
ジャクリーン・ビセット、
ローレン・バコール、
ヴァネッサ・レッドグレーブ、
アンソニー・パーキンスなど、名だたるスターが出演しています。
▶︎デビッド・スーシェ版ポアロの見どころ
ケネス・ブラナー版の前に、デビッド・スーシェ版の話を。
なぜなら私はこれが最高のリメイクだと思うからであります!
このイギリスTVドラマ版はエッジの効いた力作。
大胆な視点を以って1974年版に挑み、小説の心持ちを見事に昇華した、完成度の高いリメイクになってると思います。
この小説のテーマはズバリ、
人が人を裁くことの是非
ですが、原作では実はここをそんなにおおげさに書いてはいません。
淡々と事実と推理の過程を進め、わりと楽観的に結末を迎えます。
この、“わりと楽観的”な文章の行間に在る、西洋と東洋の価値観の深いギャップも、この小説の重要なテーマのひとつ。
東洋圏を走り抜ける西洋文明の象徴「オリエント急行」内での事件、
野蛮な殺人事件にも関わらず、完全な西洋的価値観の正当化で、さくっと解決に至る原作ですが、実はさくっといかない事情はいっぱいあるのだけれど、西洋の優雅でコーティングしてさくっといかせているのが今までの「オリエント急行殺人事件」。
デビッド・スーシェ版はその“西洋の上から目線”を問い正すように、小説が含む深みを際立たせる二つのポイントに焦点を絞ります。
それは、
「善人が犯したたった一度の過ち」
「西洋と東洋の宗教観」
1、「善人が犯したたった一度の過ち」の伏線
原作では、オリエント急行に乗り込む前に、ポアロはあるひとつの事件を解決し終わったところということになっており、その内容は原作には詳しく書かれていません。
スーシェ版では、そこにひとつの強力な伏線を組み込んでいます。
あるまじめな兵士の「善人が犯したたった一度の過ち」を、ポアロは自身の正義感から厳しく断罪し自殺に追いやってしまう。
2、「西洋と東洋の宗教観」の伏線
原作にないもう一つの伏線。
イスタンブールの街で遭遇した、地元の女性の石打ち。
不貞を働いたとして男たちが一人の女性を野蛮に裁くのを、ポアロは目撃します。
カソリック教徒であるポアロにとって、裁きは神にのみ委ねられるもの。
イスラム教徒の男尊女卑による独善的なリンチは、無知で野蛮な民族の間違った裁き。
この光景は、たった今、まじめな兵士を独善的に裁いて死に追いやってしまったポアロに、「裁き」とは何かという葛藤を抱かせる、伏線となっている。
自分の裁きは正しかったのだろうか?
この後、オリエント急行で、意外な犯人を突き止めることになるポアロ。
二つの伏線が効いてくる。
果たして、
西洋の「善人が正義として下す裁き」と、
東洋の「独善的で野蛮な復讐」とに違いがあるのか?
西洋人目線から軽やかな采配を振るう今までのポアロに対し、
スーシェ版のポアロには、西洋人としての価値観とキリスト教徒としての信念の揺らぎ、という、より人間的な葛藤が加えられ、作品に深みが増しています。
さて、ここへ来てケネス・ブラナーのポアロはいかに?
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(↑1974年版ではヴァネッサ・レッドグレーブが演じたメアリー・デブナム(ちなみにスーシェ版ではジェシカ・チャスティンが演ってます)という大役ながら全然目立たない「スターウォーズ」レイ役のデイジー・リドリー)
▶︎いかにもケネス・ブラナーらしいポアロ
原作と1974年版に忠実な、実に優雅な西洋文明のおごりを振りかざした、目新しさのないリメイクでした。
とはいえそれがイギリスを代表する作家アガサ・クリスティの保証するミステリーの定番の楽しみ方。
内容的にはデビッド・スーシェ版の深みはなし。
明るく楽観的な週末の娯楽映画。
ケネス・ブラナー演じるポアロは…、なかなかよかったですよ。
立派な髭をたくわえた若々しくキレキレのアタマの良さと西洋人の美意識を体現するポアロ、を楽しそうに演じてた、
ポアロを演ってみたかっただけかな?ってかんじで。
クライマックスの謎解きは、最後の晩餐の画でやりたかったんだなーとか。
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新しい展開といえば、ミセス・ハバード(ミシェル・ファイファー)に加えたありがちな独白。
1974年版ではローレン・バコールが演じたキーパーソン。
ああ、ケネス・ブラナーは、先進的で勇敢なミセス・ハバードと、ミシェル・ファイファーが好きなんだなーってかんじの。
YouTube.com YouTube.com (↑ジョニー・デップでなければ霞むところ、ファイファーお気に入り演出の中、デップだから出せた存在感(1974年版ではリチャード・ウィドマークが演じた極悪人ラチェット役*))
*ちなみにラチェットは幼児誘拐殺人を犯した悪人役。
この幼児誘拐殺人事件は、かのリンドバーグの愛児誘拐殺人という実際の事件を元にしていますが、これも現実に起こったミステリーとして興味をそそる事件です。
犯人は死刑となって終了しましたが、現在では冤罪事件として定説となっている未解決事件。
小説に劣らずミステリー要素のある事件が背景にあるのも興味の尽きないところです。
次作は「ナイルに死す」か?という余韻を残して、可もなく不可もなく、いかにも優雅なイギリス的格調高い「名探偵ポアロ」、週末の無難なお楽しみにどうぞ。
あ、なんかポアロといえばイギリス的なかんじがしますが、フランス人…ではなくベルギー人です。